私の発見(自分史最終章)
ー死は恐怖ではなく、憧れに書き替えが出来るー

(www.eva.hi-ho.ne.jp/nishikawasan/ad/mydiscover.htm)



主治医は小さな声で「最近急激に痩せはじめてはいませんか」とつぶやきながら、CT(コンピューターX線断層写真)による精密検査受診手続きを進められた。 医師から「ガン」という「ひと言」を聞かされる瞬間は背筋が凍るようにぞっとしてくるものです。3年前家内孝子の時がそうでした。レントゲン写真を指差しながら、主治医は「乳ガンは可成り進行しています。一刻も早い全摘手術が必要です」と宣告され、私の頭の中は瞬間真っ白になりました。同じような経験は、6年前、まだ現役時代でしたが、産業技術記念館創設の仕事を一緒に企画してきたし,海外出張もご一緒させて戴いた井伊大老直系子孫井伊直豪(なおひで)氏が、ある日突然骨髄性白血病に侵されていると判明した時もそうでした。

ところが、家内も井伊さんも、がん宣告に対して私から見て不思議な程、うろたえることもなく、家内の場合はニコニコと笑顔で手術室に入っていったことを今もはっきり覚えています。一方井伊さんはがん宣告後も従来通りの単身赴任という不自由な生活を、余命短しという不安を常に抱えながら、60歳定年の日まで黙々と続けられ、やがて奥さんやご家族が待っておられる故郷彦根に帰えっていかれましたが、彦根帰省のわずか2年後、骨髄性白血病でご逝去と全国紙に報道された如くです。

ガン告知に動じない強い人は世の中に沢山みえます。皆様がご存知の、周恩来首相はガンに侵され衰弱していく肉体に鞭打って、重要な外交交渉には常に第1線に立っておられましたが、ある日突然大木が倒れるが如く、この世を去っていかれました。明治の唯物論者中江兆民は、喉頭ガン宣告を受けるや否や、人間は死んでしまえばすべて終りさと公言し、文明批評「1年有半」「続1年有半」を発表し、超然たる後ろ姿を残して人生を終えていかれました。精神分析学創唱者フロイトは悪性口腔ガン手術を33回も繰り返す16年間、80篇にも及ぶ学術論文を発表されました。しかし、臆病者の私は、とてもそんな強い精神力は持っていません。臆病者の私は、主治医が漏らそうとした「ひと言」が気になって真夜中には突然眼が覚め、迫り来る死の恐怖に悩み続けました。ガン宣告に対して堂々としておられる、強い精神力の持主は本当にうらやましいと思います。

「死が近づいてくる」。そんな気持ちは日に日につのります。自分自身に何度も言い聞かせました。人間には寿命というものがある。素直にこれを受け容れるしか仕方がないのだ。 ジタバタせずにあきらめよう。自分の命は、自分のものでありながらも自分のものではない。たまたま宇宙の偶然から自分に授かったものの、これは奇跡の積み重ねに過ぎない。人間誰にでも寿命があり、いつかは必ず死ななければならない。その順番が、とうとう自分にも回って来たのだ。そんな言葉を何度も心の中で呟き、あきらめようと努力するのですが、朝になり、目が覚めると、「自分はやがて死ぬのだ」と思いつめ、顔がひきつってきますし、目はすわってきます。

地球誕生40億年もの無限の彼方より、延々と受け継がれてきた生命のバトンタッチ。人間の遺伝子は自分の命を経由して無限の子孫に引き継がれていきます。だから自分の命は自分のものであっても、自分のものではない。こう自分に何度も言い聞かせるのですが、何故か、しっくりとこの言葉を、受け容れる気持ちにはなれません。当然です。天地宇宙は無限なのに、自分の命は有限です。これではいくら理屈をこねまわしても、所詮頭の中で堂々巡りしているだけです。

天地宇宙は無限の存在であるのに、人間の命は死によって終末を迎える有限のモノであると私達は教えられて来ましたし、自分自身もそう信じてきました。有限と無限は絶対に同一物に転化できないというのは弁証法の真理です 有限と無限を頭の中で統一しようとしたって、それは絶対に不可能だと弁証法は教えてくれています。

人は死によって終末を迎えると聞かされれば、人は誰でも死を恐怖するのが当然です。死を終末と宣言したのは一体誰ですか。死を終末と宣言した冷徹な哲学者を私は恨みます。結局貴方は人間を怖がらせただけですね

死は終末であると宣告した冷徹な哲学者を許すことは出来ません。死は怖くないと言い切ってくれる、臆病者の自分にも、心に優しい哲学が今の自分にはどうしても欲しいのです。

冷徹な哲学者が死は終末だと我々をおどすなら、よし、死を恐怖しない哲学をこちらの側から確立しようではありませんか。そうすれば、心も明るくなれるし、気持ちもすっきりするに違いない。自分には、明るく死ねる哲学がどうしても欲しかったのです。

世に死は怖い、断末摩が怖いとおびえる人達は沢山みえます。しかし断末魔の苦しみは、すでに幾つかの臨終の席に立ち会ってきた私の経験からすればそんなに怖がることではないと考えています。ガン末期症状の痛みも、緩和ケアの進歩で、モルヒネを合理的に調合した錠剤や徐放剤そしてモルヒネワインやモルヒネシロップなどで、今やガン末期患者も苦しまずに臨終の時を迎えることが出来ます。そもそも自然界の生物で、その死に際に、大騒ぎをし、七転八倒するような生物など見たこともありません。いずれの生物の死も、蚊を叩きのめすほどにあっけなく成仏出来るものす。人間も同じ生物です。心配することはありません。成仏はあっけなく遂げられます。

断末魔の苦しみは、人間の恐怖心が創り上げたひとつの妖怪に過ぎません。かって専制君主に反抗する民衆を拷問攻めでひるませたあの恐怖伝説みたいなもので、我々は何故それほどに死を恐怖するか、そのねらいを見抜けば、何も怖がらなくても良いのです。しばしば耳にしますね。もし、人間が死を恐れなくなったら、この世の中、自死がどんどん増えて困るって。死は怖いものだぞと民衆を萎縮させる見えない陰の力が、昔からこの世の中にはちゃんと存在しているのです。だから断末魔の恐怖など、そうした真相を見抜きさえすれば、もう怖がることはありません。

死とは何か、死は全ての終末なのか、私自身の死生観が、きちんと確立されていないままに死にずるずると近づいていことが不安でした。

ある日突然、「自分は、自分の誕生があの無限の世界から、この有限の世界に転化してきたのだから、死は当然この有限の世界から、あの無限の世界に転化していくことではないか」と気がつきました。

告別式でよくこんな挨拶を耳にします。「故人の肉体はこの世から亡くなりました。しかし今は亡き故人の面影をどうぞいつまでも心の中で大切にしてやって下さい」。このご挨拶は、死とはこの有限の世界からあの無限の世界へと転化していくことだと正しく理解されたうえで、故人を忍んでいらっしゃる言葉だと思います。

私が、この世に誕生してきたのは、ある日突然あの無限の世界からこの有限の世界に飛び込んできたからです。だからこの世から訣別していくのも、或る日突然この有限の世界から、あの無限の世界へと転化していくことだと思います。人間の一生とは無限から有限へ、有限から無限への転化にあると思います。ある夜ふとこの事実に気がついたのです。自分でもびっくりしました。これは真理だ。自分の中に一瞬光が走りました。

この発見によって、自分の心は、突然軽くなり、明るくなり、喜びの感動が沸き上がってきました。自分の周りが一度に光輝いたのです。これはすごい発見だと自分で実感しました。解脱というのでしょうか。

自分は長い間、死を終末だと考え、死で終りだとあきらめてきました。しかし死こそ人間を無限にするということに気がついたのです。

古代ギリシャの哲学者、ソクラテスはこう主張したとプラトンが書いています。人間の魂は肉体という牢獄につながれているが、死によって、魂は牢獄から解放され、自由に旅立つと。ソクラテスの主張する魂はイカサマだったと冷笑するのは簡単です。しかし有限と無限の世界をつないでいる何物かは必ずあると見通していたソクラテスの死生観は素晴らしいと思います。そうです、人間の遺伝子は、有限と無限の世界をつないでいる魂みたいなものです。そうだとすれば、我々現代人は、もう一度ソクラテスいやプラトンの教えに耳を傾ける必要があるのではないでしょうか。

人間の死とはこの有限からあの無限へ転化していくことです。これは丁度水をどんどん加熱していけば、水は突然沸騰して水蒸気になって消えてしまう現象と同じだと考えて下さい。人間も同じことです。死を境にして、この世から突然消えて亡くなります。しかし、聞いて下さい。水は確かに沸騰して目に見えなくなりますが、 HOは依然としてこの地球上に存在しているのは貴方自身良くご存じですね。ここで水=この有限世界に存在する自分、HO=あの無限世界に消えた人間の本質と考えて下さい。自分はいま生命ある人間の姿をしていますが、同時に永遠に存在し続ける人間の一人でもあるのです。自分が死ぬということは、水が突然沸騰して消える如く、確かに生前の姿こそ消えてなくなりますが、人間であるという見地からすれば、依然として、自分の本質=人間には変りがないのです。だから有限の自分から、無限の人間に転化するとは、自分の本質=人間に戻るということ、すなわち人間=HOに戻るということではないでしょうか。

生前=有限、死後=無限のいう単純な図式ではなく、生前の自分=有限>>無限という不等式が、死後の自分=無限>>有限という不等式に変化するのです。ここで不等号記号(>>)は背景に存在する本質、すなわち直接ではないが間接に結びついている本質を意味しています。

具体的な例として茶碗の中のご飯をイメージして下さい。我々は茶碗の中のお米を食べているわけですが、茶碗の中の一粒一粒のお米が発芽から人間の口に入るまで、長い一生をたどってきたことなど意に介さず、茶碗のご飯を食べています。私達はご飯と言えば、誰でも先ず茶碗の中のご飯をイメージし、米一粒一粒に、思いを寄せることはありません。これを式に表現すれば、ご飯=無限>>有限となります。無限=茶碗の中にあるお米そのもの、有限=一粒づつの米に相当します。ご飯は茶碗一杯のお米であると同時に、一粒一粒のお米であり、これを不等式で現せば、お米=無限>>有限と表現出来るわけです。

しかし、勿論人間にとって一番関心があるのは、有限なる自分自身のことであり、無限なる人間一般を意識することなどめったにありません。私は50年間毎日 日記を書き続けてきましたが、50年間いつも関心を持ち続けてきたのは、有限なる自分自身でありました。無限なる人間一般、人間の本質などは読書テーマとしては強い関心を持って来ましたが、しかし、興味ある自分自身に比較して、人間そのものなど、ずっと遠い存在であると意識し、私の日記の片隅に人間の本質について書いたことなど一度もありません。私達は米一粒を意識しないように、人間は人間一般のことなど殊更に意識することはありません。これを不等式に表現すれば、自分は人間=有限>>無限と書き、ご飯は米=無限>>有限と書くのが自然だと思います。

私が発見!解脱!と大騒ぎしたのは、自分の死によって、自分=有限>>無限の不等式が突然死によって逆転し、自分=無限>>有限に転化することを発見したのです。

死が自分を無限にしてくれる、これこそが死は安らぎであり、死は自己昇華であるのです。私はここに、死は安心であり、喜びであり、憧れになると発見したのです

自分=無限>>有限という死後の不等式にて、無限=人間そのもの、有限=遺伝子で引き継がれていく自分を意味していることは言うまでもありません。死後の自分とは、沸騰して消えた水蒸気のごとく、掴みどころがない存在かも知れません。しかし、HOこそが水そのものである如く、貴方は生前中以上に、死後においてこそ、しっかりと無限なる人間そのものにつながっているのです。

死によって、貴方は貴方である前に、無限なる人間に戻ること、これこそが人間の本質であり、死の真相であると考えるべきです。

自分の死によって自分の肉体は消えたとしても、無限なる人間そのものはこれからも永遠に存在し続けます。自分自身の死後の存在如何とさらに貴方は追求なさるとしたら、貴方にはっきり申し上げます。貴方の無限なる人間としての自覚に比較すれば、貴方自身の死後の存在なんて、あまりにも小さな対象に過ぎません。自分は、人間であり、無限=永遠なんだと自覚して頂ければ、貴方はとたんに楽になれるのです。もしこの前提にご不満なら、毎日の茶碗のご飯一粒一粒に細かい思いを寄せて朝食をなさったら如何です。一粒一粒に思いを寄せてご飯を食べるなんて、とても出来ないと気が付かれるでしょう。その時にこそ、始めて、無限>>有限の意味が解って頂けると思います。

人間は、数十万年の昔から有限と無限とがつながっていることに気が付いているはずです。何万年の昔から、人間は自分の種族保存の為には、死さえ厭いませんでした。これは無限の世界から引き継がれた協同体的帰属意識というものです。もっと卑近な例を挙げれば、食を求め、子孫を残そうと互いに異性を求め合うなど動物本能と言われている意識でも、これは誰に教えられたものではなく、無限の祖先から、有限のこの種族に引き継がれた動物本能というものです。これらはまさに有限と無限を結びつけている太い絆の断面です。こうした意識は、過去(無限)から現在(有限)まできちんと貫徹している以上、有限と無限はつながっていると誰もが気づくはずです。それなのにどうして死が終末だなんて主張できますか。死が終末なんて間違っています。

死ねば全てが無になってしまうと主張した冷徹な哲学者よ、貴方は間違っていますよ。現に生命を司る遺伝子は、無限の世界から有限の世界に結びつき、我々が死んだ後も、遺伝子の流れはどこまでも無限に続いていくではありませんか。天地宇宙は無限であり、遺伝子もまた無限です。人間は無限の存在です。死は決して終末なんかではありません。

こうして、有限から無限へと転化していく自分をイメージしていくと、自分が人間であるということは、あたかもHOみたいな存在なのだと自覚できます。すなわち水にとってHOが本来の姿である如く、無限である人間の姿こそが、自分の本来の姿なのです。自分は人間なんだと自覚することが、無限=永遠である人間と宇宙の無限=永遠とが無限同士で同一物に転化出来る秘密となるのです。この無限同士の転化統一は、勿論哲学の原則、弁証法の真理にきちんと合一しています。

緑豊かな大自然の中、鳥はさえずり、水がこんこんと湧き出て、動物達は森の中を自由に飛び回っています。この大自然の無限の情景の中に自分もひとつの存在として仲間入り出来る自分をイメージ出来ます。人間の本当の姿は、緑豊かな大自然の中にこそ生き生きとしてくるのです。感動です。夜床の中に入っても、もうじき自分は天地宇宙の無限とひとつになれるのだと思うと、心が自然と落着つき、気持ちがピーンとしてきます。

近代人は、知性という杖を握った為か、迷路の中をさまよっています。天地宇宙の無限を認めながら、自分の命は有限だ、死は自分という有限のモノの終末であり、この世にはモノ以上にモノを超越する何物も絶対に存在し得ないのだ。もしモノを超越する何物かを主張する哲学があるとすれば、それはニセモノであり、クセモノなのだ。この世の中、あくまでも客観的存在だけが有限世界のすべてであり、ここに全ては完結していると主張し、これを近代人の知性としています。近代人の知性は信仰とは対立するものであると多くの人が信じています。しかし、信仰を否定する勢いに乗り過ぎて、自分を見失っていると評されているのも、こうしたモノこそ、全てであるとする現代思想を乗越えられない悲劇から出発しているのかも知れません。

現代実存哲学の祖ともいわれるハイデッカーは、無神論の立場に立ち、存在そのものの意味を哲学として問うています。しかし難解なハイデッカーの哲学から見えるのは、ナチズム登場を背景にしたヨーロッパの重苦しいニヒリズムだけです。陰気な哲学はもう結構です。我々はこれ以上迷路に深入りしたくもありません。

私は、近代人の死に対する哲学の混乱から、なんとかもがきながらも這い出して来ました。自分の死はこの有限からあの無限の世界に転化していくことであると悟りきることにより、暗から明に転化出来たのです。自分の死とは、無限なる人間の本質に徹することであり、天地宇宙と共にあると実感することです。

美味しい魚や、肉や、野菜を食べながら、この魚、この肉、この野菜は、天地宇宙に所属する存在であり自分とは同一物なのだという感動が沸き上がってきます。これは限りない喜びです。死が喜びに変りました。自分の命は有限から無限に戻ることによって、天地宇宙の無限と同一物になれるという発見は、自分の死を喜びにかえました。とうとう死を恐れない、いや、死を憧れに出来る哲学にたどりついたのです。感動です。歓喜です。

思えば自分が始めて人類未来史というものに出合ったのはまだ青春の真っ只中、唯物論哲学を学び始めた頃でした。人類はこの不合理な人類前史をやがて克服し、私的所有を否定し、自由なる個性を発揮できる人類本史に必ず突入出来るのだという偉大なる夢に接した時、人間この素晴らしきものと、天を仰いで感動したことを思い出します。

私は自分の死に際してこの偉大なる人類未来史の夢が必ず人間の手によって実現出来ることを信じて、この世に別れを告げたいと思っています。いやこれは、告別の辞ではなく、自分の意志は、この有限の世界にしっかりと結びき、この偉大なる人類未来史の夢実現に向けて、人間そのものの努力として、有限の姿から連続する無限の意志として参加し続けるべきだと考えています。人間とは未来を求めて確実に前進出来る存在であり、自分の意志もまたその方向にそって、何時までも仲間と共に未来に向って前進する力でありたいと願っています

今はぐっすり眠ることができます。自分は自分の死に憧れています。死はもう怖くありません。死は怖いものどころか、憧れです。安らぎです。

これが私の悟りのすべてです。もしこの悟りが、あなたの命の息ぶきに幾ばくかのお役に立てれば幸せです。読んで下さって有難うございました。最後に当初主治医がつぶやいておられたガンの疑いは、矢張り根拠のあるものでした。この度、大腸内視鏡検査によって、横行結腸に可成り大きな進行性悪性腫瘍が発見され、主治医からは即入院、開腹手術をと言われています。しかし、もう、今はガンと耳にしても、家内と同様に、ニコニコ笑って、手術室へ向うことが出来ると思います。何故ならば、死は恐怖ではなく、憧れに書き替えが出来ると知ったからです。

<附記> 貴方もご存じの如く、ドストエフスキーの名作「カラマーゾフの兄弟」冒頭に出てくる聖書の一節

「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん。死なば多くの実を結ぶべし」

という言葉の意味は
、広辞苑によれば他人の幸せの為に犠牲になる人の尊さを謳った言葉と解釈されています。しかし、私はもっと深い別の意味がこの言葉には隠されていると思っています。

すなわち、この言葉を何度も何度も深く読み解くと、
生は有限であるのに対し、死は無限であり、無限にこそ、生の救いがあると、理解されるのではないでしょうか

巨匠ドストエフスキーも、死こそ無限=人間の本質への入口であり、死は恐怖ではなく、それは無限なる生命への最初の一歩であり、死は憧れに書き替え出来ると気がついていたのかも知れません。

私はそう信じたいのですが、貴方は如何お考えですか。


(2003年5月16日(大腸がん発見 刈谷総合病院即入院の日の朝)更新)





 

ガン回廊賛歌

 

定年後、毎月1回、近くの刈谷総合病院に高血圧症診察で通院、半年前から主治医は貧血データに異常を発見、心臓、肝臓、胃腸、大腸と順に精密検査を重ね、原因を追求していった。5月に入って、大腸内視鏡検査を実施されたところ、ステップVに評価すべき進行ガンを横行結腸に発見、即入院、連日、MRI,CT,X線、心電図、エコー等最新測定機器による精密検査が重ねられた。

 



医療法人豊田会が経営する刈谷総合病院は、スタッフ、設備、医療実績から評して、医学専門誌による全国優良総合病院一覧では第10位にランキングされている信頼出来る大病院である。しかも医者と患者間の裏贈答品は一切行われていないという全国でも希有なモラルを誇る。





 

精密検査の結果、幾つかの問題点が明確にされた。ガン周辺のリンパ線は可成り炎症し、もう初期ガンの段階ではない。主治医は家内を密かに呼んで、事態は楽観を許さないが、本人に告げるべきかどうかと問われた。家内曰く「主人は何を告げられても動揺しません。本人に何もかもおっしゃって下さい」と。お陰で手術前に、自分のガンの実体は十分に把握出来たいた。

 

 

 

 










また、精密検査の過程で心臓に不整脈があることが発見され、心臓カテーテルを挿入して手術すべきではないかとの麻酔医からの指摘があった。しかし主治医は従来からの高血圧診察データから心臓カテーテル挿入は不要でしょうと判断、お陰で心臓カテーテルは免れた。横行結腸と上行結腸を取り除く右半結腸切除は6月5日午前9時執刀された。刈谷総合病院の医療技術を全幅信頼、自分は俎の上の鯉に徹しきった。手術前夜を含め、入院中は毎夜ぐっすり眠れたし、病院の食事はいつも美味しくペロリと平らげた。

 

 

 

 

右半結腸切除手術は大成功だった。手術翌日からどんどん歩き、1週間後には抜糸、10日目にはもう退院となった。インターネットで調べてみたら、東京のある有名な総合病院で右半結腸切除の場合、術後退院までは24日間が平均実績データだそうで、10日間で退院なんて、早すぎるぐらいだ。肥満体である小生、抜糸段階になって、傷口から体液が漏れ出てきた。体内の脂肪が溶け出しているとのこと。もっと入院させてもらい、体液漏れ出し停止後に退院させて欲しいと依頼したが、雑菌さえ入らなければ、体液漏れ出しなんて何れ解決出来ますよと結局術後10日目で退院となってしまった。

 







主治医の前で、家内が断言した如く、自分は入院中、ガン宣告を恐怖で受け止めたことは一度もなかった。入院生活は常にルンルンだった。手術前は6人大部屋に入れてもらったが、24時間いろいろな人と接し、世間話を楽しみ、人生の幾つかのイキザマを垣間見ることが出来た。入院中スケッチブック2冊を、入院風景で埋めた。もっともっと描きたかったが、女性患者をスケッチするのは、失礼になるのではないかと気を使い、看護婦さんを描きたかったが、あまりにも忙しく動き回っているので、邪魔するようで、遠慮した。







どうして、こんなに淡々とガン回廊を楽しめたのか、矢張り半年前から推敲してきた「わが死生観―死は恐怖ではなく、憧れに書き替え出来る」を自分なりの哲学として、すでに書き上げて居たからだと思います。だから内視鏡で発見されたガンの異様な姿が画面一杯に写し出された瞬間も、「怖い」と感ずる前に、腫れ物の基盤の青色は内視鏡を通じて吹きかけられた染料の青色であると知って、なるほど、あの青色は腫れ物のベースをはっきり染め抜き腫れ物を見やすくする作為であったのかと、始めて知って納得する余裕があった。






看護婦さんが、手術前にこんなにぐっすり寝込む人はそんなにいませんよと誉めてくれたが、入院中睡眠不足で困ったことなど一度もなかった。病室は一晩中うめき苦しむ患者さんで、決して静かではないが、そんな中でぐっすり眠れたのは、文字通り心の動揺がなかった為
だと思う。











ホームページを開設して5年目、ホームページを開いてきたからこそ
自分の死生観をひとつにまとめあげ、心も落ち着けて本当に良かった。もしホームページを開いていなかったら、この度のガン回廊、これほど淡々と乗り切れただろうかと思うと、自分の全てをさらけ出し、真剣に人生を求めようとしてきた、ホームページ公開の功績大なることを今あらためて深く感謝する次第です。

(2003年6月16日 大腸がん手術10日目退院の日に記す)





我が死生観 最終章   静かな心でつぶやくこと

  (2005/7/17    家内 孝子が亡くなって 早や2年6ヵ月、心静かなある日 この文を記す)

家内が亡くなり 今は毎日のご飯を炊くのは 私の仕事です。就寝前にカップ一杯のお米と水を加えておけば 朝になると自動炊飯器はタイマーによって、自動的にご飯を炊き上げてくれます。朝、電子ジャーを開けると 炊き上がったご飯からはぽーっと白い湯気が立ち上り 美味しそうな香りが広がり 明るい朝の挨拶が聞こえてきます。「お早う 今日も元気で頑張ろうね!」と。

 

人生とは、生きるとは、丁度 ご飯を炊くのと同じだと思っています。私の人生とはお米に加えられたお水なのです。ジャーの中で水はどんどんと加熱され、ご飯を炊き、やがて湯気となって大気に消えていきますね。以前にもこの文章で書きました。人間の一生は水みたいなものだと。どんどん水を加熱すれば、すなわち人は加齢すれば、やがて水蒸気になって、すなわち寿命が尽きて 消えてしまう。しかし水の本質HOは何も変わっていないと同じように、人は死によって有限世界から無限世界に移るだけで決して人間の終末ではないのだと。

 

しかし、私はあのとき一つだけ強調することを忘れていました。「人間 何の為に生きるのか」と。私はこう考えています。炊飯器の水は加熱され、お米をふっくらと炊き上げると同じように 人間もジャーの中の水と同じように、ご飯の一粒一粒は家庭を意味し、仕事を意味し、社会を意味しています。水が加熱され、ご飯が出来るように、人は生涯を通じて、家庭を作り、仕事を為して 社会を作り、家庭に、社会に自分を昇華して生涯を終えるのです。自分は水です。ジャーのふたを開けると、消えてなくなる湯気が自分そのものなのです。湯気で消えてしまった後 ジャーの中には 美味しいご飯が炊き上がっているのです。これが人生です。

フランス語を学習する時、最初に出てくる有名な言葉がありますね。

 
「セ ラ ビー <これが人生>」あの 言葉は、ジャーのご飯の湯気なのです。
 

自分は朝ふっくら炊き上がったご飯を見つめ、ひとりつぶやきます。 

C'est la vie と。








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