vbldy@新宿です。

スケッチ拝見しました。ごちそうさまでした。 春の信州ってなんだかスケッチがいいみたいですね。写真よりも。 それにこの風景を前にイーゼルを立てて腰をすえている西川さんの姿が目に浮かぶよ うです。(もちろんお目にかかったことはないけれど) 新作期待しています

TOMOKO@大阪です。

朝から素敵なHPを見せて頂きました。 心が癒されるようです。 自然体・・・そんな言葉が浮かびました。 ☆。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜ 西川さん♪〜刀`♯〜♭

スケッチの色合いが素晴らしいですね〜。

★西川さんと同じ年になった時、西川さんのような豊かな  毎日を送れるようになっていたいものです。 ☆。.:*:・’゜☆。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜

Nishikawa san

I enjoyed your sketches very much. I have visited Japan twice on business and am shortly visiting again in order to absorb its culture slowly and I found your sketches most helpful.

Peter Foss

 

ホームページ 拝見しました。

センスがキラリと光る スケッチ、 そして教養あふれるコメント ”お気に入り”にダウン ロードして何回もみました。 壁紙に使いたいスケッチもあり たいへん楽しみました。H.S生

 

ホームページ拝見させていただきました。今までいろんなホームページを見てきましたが、その中で一番楽しく、興味深く、きれいなページだと思いました。早速西川さんのアドレスを”お気に入り”の中に入れさせて頂きました。西川さんの思い出の絵が、とても素敵で、またコメントも味があっていいですね〜。

また東南アジアのページを3つほど見せて頂き、これからも少しづつじっくり楽しませていただこうと思って後の楽しみにとっておくことにしました。

仕事の息抜きに見ると、心がこんなにとても良い気分になれます。それにしても水彩画があんなに美しくパソコンで見れるのには、びっくりしました。これでまた西川さんのファンも増えるのではないでしょうか? H.MANAMI

 

From: Tofusquare@aol.com Subject: to the artist To: nishikawasan@eva.hi-ho.ne.jp

if this is the right address to wright to the artist of this page i'd just like to say you are a very good artists your sketches are fantastic!

 

こんにちは。


カラマーゾフの兄弟を検索してたどり着きました。
大学生の横尾健介と申します。

カラマーゾフの兄弟の読書ノートや自分史などを読ませていただきました。
西川さんのそれぞれの文章からその物事に対する広さと深さを感じ、
また、多くの文章を書ききるそのバイタリティに圧倒されました。

西川さんの読書ノートなどのwebにまとめられた多くの文章は、
インターネットでふらっと訪れた私のような人間にとって、
思いがけない貴重な発掘品のようなものになります。
是非、これからふらっと訪れる私のような人のためにも更新と保存を続けて下さい。

今回、カラマーゾフの兄弟の部分の読書ノートと自分史などを
読ませていただきましたが、それらの文章は私に活力と知識を分けてくれたよう
に感じています。もしかすると、西川さんから生み落とされたそれぞれの文章が、
今私という麦の粒の一部分を形づくり始めているのかもしれません。




 

Subject: [70]年の感想など .............

何回かメールをお送りしたつもりが、アドレスのミスでとどいていないと思います。

まとめてお送りします。

第一信

すてきなホームページですね。 スケッチと知的生活をたのしまれておられるのがうらやましいです。 私は54才で、まだまだ優雅な生活はできませんが、こんな方とお知り合いになりたかった。 私のホームページもごらんいただければ幸いです。

第二信

まじめに読ませていただいた証拠としてご報告します。 「エンゲルスと資本論」 1955年は,もしや1995年ではございませんか? 私もオッチョコチョイなのでこんな間違いをして指摘されると、読んでくれたんだ なとうれしくなるものですから。

第三信

西川 尚武 さま ホームページの以下の箇所を読ませていただきました。感想をお送りします。

「定年後の読書ノートより・日本共産党の70年(上・下)を読んで」

<自分は生涯を通じて日本共産党を一生懸命理解しようと努めてきたつもりだ。 戦争に反対し、民主主義を守り抜いた輝かしい歴史を持つ日本共産党を憧れをもっ て見つめてきたし、これからも絶対に反共の片棒なぞかつぎたくはないと思ってい る。>

このお気持ちが、偽らざるものであることは、ホームページからもよく分かります。

<しかし、党への距離を、これ以上縮めることはないと思う。それは自分の個人的 安住を願うエゴからだと決め付けられてもしょうがないが、この背景のどこかに、 とても自分には党のあの空気はかなわないという正直な気持ちがある。このことは この度、党史を通読し再確認した。>

おそらくこういうお気持ちの知識人の方は、少なくないと思います。この疑問に応 えられるような「前衛党論」(「前衛」という言葉が適当なのかどうかも含めて) の検討が、これからの課題だろうと思います。

<かってゾルゲ事件に深い関心を持った。尾崎秀実は命をかけて社会主義の砦ソ連 を守ろうとし、最高機密情報をソ連に送信した。しかし肝心のソ連はスターリン独 裁下にあり、貴重な情報も正しく生かされなかった。社会主義の政治システムは完 璧でないどころか、すごく危険で不安定なものではないか、そう思い続けてきた>

それは、歴史的限界だったといえば、言葉が軽すぎますが………。日本共産党自身 も、ソ連や東欧の問題についての認識は不十分だったと認めていますね。

<革新都政が始まったころ、共産党が一番力を入れたのは同じ反体制の一翼である 、未解放部落運動の朝田派なるグループへの攻撃だった。美濃部さんも忍耐の限界 を超えて結局革新都政は自爆同然だった。何故素性の幾らか違う、近くの勢力にこ れほどまでに、むき出しの敵意を燃やし続けるのか、力の入れ方が理解できなかっ た。>

この点については、「それは違う」と申し上げ、ぜひご自身でお調べねがいたい。 同じ時期に、大阪でおこった解同の蛮行や八鹿高校事件についてお調べ下さい。  私自身、京都大学で学生時代、朝田さんを「朝田のおっちゃん」と呼び、田中部落で 子ども会活動をしていたものです。その朝田解同が暴力・利権集団になりさがって いったなかでの私の模索のメモが、私のホームページにでてきますが………。

<ベトナム戦争、原水爆禁止世界大会が燃えた頃、共産党は勿論先頭に立って頑張 ったが、同じ学生運動の一部を反党勢力として、敵と位置付け、多くの学生達に失 望感を与え、素朴な学生達に党への違和感から反共感覚を与えつけた。どうしてそ こまで党は自己の正しさを主張し、相手を罵倒するのか。>

この点も、前の項目とかさなる問題です。ただ、原水爆世界大会については、 「不一致点(ソ連核実験・部分核停条約)は保留して一致点で統一」という日本共 産党の方針は、一般論としては正しかったこととともに、ソ連についての当時の認 識の不十分さから、ソ連核実験に対して明確に批判できなかったという弱点が、総 括されねばなりませんが「日本共産党の70年」には、欠落していると思います。  

<しかし、こうした実感は党と外部の関係ばかりではない。歴史の英雄として記 憶されるべき党の人々も今や同じ様に、ことごとく否定されていく。 今回党史を読んで、何故野坂参三、中野重治、志賀義雄、佐田稲子、神山茂夫、袴 田里見等戦前からの闘士が党を追われたか、その経緯は読んでみたものの後味の良 いものではなかった。

あれほど貴重な生涯を一途に党に捧げながら、最後には裏切 り者の烙印を押されて歴史に捨てられる。>

これは簡単な論評ではすまされないような気がするので、論評は差し控えます。  

<とても自分には、完璧に総てを判断しつくす能力はない。自分はあの当時毛沢 東の文化大革命も毛沢東が過ちを犯すはずがないと信じて疑わなかった。

しかしそ の後仕事の関係で数十回と中国に出張し、現地の人々の生の声を直接聞く度に、地 獄の正体を知りぞっとした。恐ろしい修羅場を中国の人々は、党の権力闘争の為に 味合わねばならなかった。文化大革命は所謂歴史の必然などと位置付けられるもの ではない。党の権力闘争そのものだ。

しかし日本共産党は当初より文化大革命の過ちを指摘していたし、ソ連、中国の社 会主義大国に臆することなく、相手の非を堂々と主張し、大国覇権主義を否定して いた。日本共産党の姿勢にあらためて敬意の感情を持ち、すごいと思っている。

日本共産党は大国の覇権主義に反対し、歴史はどう在るべきかをきちんと判断し、 対応してきたことは認識している積もりだ。この日本共産党のすごさは世界の共産 党の中でも飛びぬけて未来を見抜く毅然たる実力の持ち主であり、指導者の優れた 資質を証明するものだ。>

この点、異論はありませんし、よく見ていらっしゃると敬意を表します。

<しかし、スターリンも毛沢東も金日成もチャウセスクも、結局歴史の悪人ではな かったか。これでは一度しかない人生を党に捧げたら最後、いつ何時自分も歴史の 悪人になり兼ねないし、され兼ねない。>

「党に人生を捧げる」ことへの観念が、あの弾圧の時代に生きた先人のすばらしさ とともに、ソ連やスターリンについての認識が不十分なままに「人生を捧げた」歴 史的限界と重なり合って、複雑な思いをもたれるのでしょう。

私の「哲学の部屋」のどこかに出てきますが、エンゲルスが「絶対的真理への接近 は相対的誤謬の系列を通じて」(反デューリング論)と言っています。レーニンで は「絶対的真理への接近は、相対的真理の粒を通じて」というような言い方になる と思うのですが、この違いは重要だと思っています。不破さんの最近の研究にも触 れられていないのが残念です。

ホームページのどこかに書きましたが、不破さんが「唯物論と経験批判論にも問題 があった。むかしからモヤモヤを抱いていた」といいだしてから「そうだ、そうだ 。不破さんはすばらしい。」といいだすのでは困ると思っています。

<そういう人生は取り返しのつかないことになる。科学的社会主義は今後も勉強し たいと思うが、それは自分の人生を総括する意味でであり、それ以上の何物でもな い。 何故なら自分はそれほど強くもないし、必ず過ちばかりおこすであろうし、そのた び毎に、自分の過ちを厳しく追求ばかりされるのはかなわない。

反共に対しては激しい怒りを感ずる。しかし自分も真っ赤になって闘う人生を選択 するほど強くない。これからも、今の自分の視点で、歴史の発展する方向に肯定的 な光をあてながら、自分の歩いてきた道を振り返り、どう人間は生きるべきか最後 まで求めて行くつもりだ。自分の足元を確かめながら。>

私も、先輩の姿勢に学び、励まされて歩んでいきます。宜しく。 雑賀光男

 

ロックシンガー池田貴族氏は、末期ガンを歌いぬくことで生きようとしておられました。当時私も家内のガン手術で苦しんでいました。池田貴族氏の勇気に感動してメール交換を始めました。しかし池田貴族氏は、このメールを最後にあの世に旅立たれました。

メール拝見させていただきました。自分自身、ガンを重く考えてませんし、どうせなら残りは楽しく生 きようと思っているので、そういうことかな、と。ただ、センチュリーホールでライ ブをやって気づいたのですが、上を向いて、いや天に向かって歌っている自分がいた のには不思議でした。奥さんにも負けないで、と伝えてください。

池田貴族

ここをクリックするとホームページに戻ります