定年後の読書ノートより
街道をゆく、29、秋田県散歩、司馬遼太郎著、朝日文庫
東北人、最初は矢張り井上ひさし氏。東北人、高度な市民感覚と精神の貴族性。共通な匂い。原敬。高橋是清。狩野亮吉。内藤湖南。米内光政。井上成美。

最初に訪れたのは、象潟。象潟や雨に西施が合歓の花。芭蕉、西行、覚林、個人は旅に学び、文人は旅に生きることを宿命の如く考えていた。

秋田で最後の日を迎えた、江戸期の旅行家、菅江真澄。歩く、見る、記録する、ということだけが、かれの人生だったと司馬氏は書く。

秋田北部海岸砂丘の植林を生涯の仕事とし、窮乏の生涯を送った栗田定之丞。今彼の松原は豊かに秋田の海岸を潤す。東北は太平洋側の陸奥国と日本海側の出羽国。北前船は日本海側に上方文化を伝えた。そして鹿角人、内藤湖南、狩野亮吉。明治な南部藩と秋田藩の衝突の歴史も大きく呑み込んでいった。

政治で閉ざされた東北人は明治の世、その人格と学問で歴史に記憶されている。安藤昌益を発見した狩野亮吉。彼は生涯家庭も持たなかった。自らを前面にだすこともなく、第一高等学校校長、初代京都帝大総長を果たしながら、生涯書と共に生きたひとであった。その狩野に京大教授として求められた内藤湖南も、学歴なき新聞界の人だったが、今の京都大学の伝統を築きあげた陰の人として今も多くの知識人の尊敬を集めている。

今週末から家内と共に、秋田、青森、岩手、宮城と旅行をする。久しぶりに司馬さんの街道を読み、旅に生きた古人の、旅への執念に比し、何と現代人の旅の思いは浅いものかと、恥かしくなる。

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