定年後の読書ノートより
日本軍政下のアジアー「大東亜共栄圏」と軍票−小林英夫著、岩波新書
「大東亜共栄圏」「満蒙は我が国の生命線」は、松岡洋介の造語らしい。こうした言葉で、戦争の本質を惑わされてはいけない。しかし軍票は戦時経済実体と結びついているから、軍票の歴史には虚飾はない。日本軍が乱発した中国とアジアの軍票、しかし2つの軍票にはその性格は大きく違う。日中戦争期、日本軍は国民政府が発行する法幣との通貨戦争に勝利できなかった。法幣を支える米英資本の存在および日本軍の中国侵略占領地区の実体も「点と線」にすぎず、法幣を基盤とする辺区幣制統一は、法幣が日本側に流れるのを防止し、日本は軍票流布に苦戦する。侵略者日本に抵抗する中国民衆の力の前に、軍票は後退せざるを得なかった。辺区を守る中国民衆の強い反日行動の前に、日本軍票は紙屑同然になってしまう。

「大東亜共栄圏」の造語でスタートしたアジア侵略は、一貫して、物資現地収奪主義で、日本軍は当初より軍票の乱発による現地収奪を繰り返した。「東亜の解放」「英米の支配からの解放」とは掛け声だけで、日本軍の占領政策は、物資獲得そのものであり、その犠牲は占領地区の民衆に転嫁された。

日中戦争の場合は、開戦4ヶ月後に円表示軍票が使用されたが、アジアでは、当初から現地通貨軍票が使用された。中国では通貨戦は物質争奪の重要要素であったが、アジアでは軍政の施行が前提で、当初より現地政権を一切認めようとしなかった。「大東亜共栄圏」構想など、最初から軍の構想にはなく、なによりも物資獲得のみが目的の日本にとって、軍票は容赦なき、現地物資略奪の手段であり、これに対し、民衆の反日感情はますます険悪なものになっていった。その先端に立ったのは、マレー系華人であった。

英米軍の本格的反撃に直面し、日本はようやく軽視、無視してきた現地経済育成をその方針にかかげるようになっていったがすでにその時は、軍票乱発によるインフレが経済を完全に破壊していた。

賠償に象徴されるごとく、真の被害者は冷戦構造の体制間、大国間駆け引きに隠れて、最終的には今もなを、保証されずに放置されている。

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