定年後の読書ノートより
北大恵迪寮の男たちー60年安保から30年―向井承子著、新潮社
1960年、戦後最大の反体制運動は、「安保反対・国会解散」を叫んで、全国の学生を連日デモに動員した。東京では、国会デモに押しかけた東大女子学生樺美智子さんが、権力によって殺された。戦後民主教育のもとでに育った我々学生達は、戦争の記憶を呼び戻し、ここで頑張らねば平和は崩れると、真剣に連日デモを繰り返した。

当時、大学3年であった自分には、この安保闘争は今も強烈な記憶として残っている。同じ時期、北大恵迪寮には、我々と同じ意識の学生達が、連日デモに参加していた。あれから30年、高度成長経済を通り抜けた日本は、資本主義の優等生、世界経済のリーダとして君臨し、あの反体制エネルギーは嘘の如く、企業論理の中に、青年達は猛烈社員として変身していくことによって資本側に呑み込まれていった。

では、その中で、学生ひとりひとりはどのように社会人として、ささやかなスタートをきって、企業論理を受け入れていったのか。そして今、彼等は青春を省みて、何を実感しているのか。著者、向井承子氏は、当時の寮生ひとりひとりを職場、行き付けの酒場、伴侶とくつろぐ家庭に訊ね、必ず先ず彼等の生い立ちから話を切り出し、自分史を明確にしていく過程で、それぞれの人生の中で、北大恵迪寮のノスタルジアを美しく描き出している。

当時の学生寮はどこの国立大学もそうだったが、入寮資格は貧乏人であることが条件だった。従って、彼等一人一人は、戦後の出発点を貧しさから豊かさへの傾斜視点で出発している。この視点は全く私の場合も同じである。15人の人生を読む中で、幾つかの気になる描写が引っかかる。

彼等の大半は「ノンポリ」を自称する。事実かも知れないが、ノンポリが時代の正解であったかの如き、描き流し方は著者の意志が働き過ぎてはいないか。むしろ明らかにすべきは、高度成長経済を潜り抜けて、今彼等はかって通り抜けた反体制運動の中で、激動した自分自身をどう総括しているかである。言うまでもなく、一人一人は高学歴者として、高度成長経済を常に有利に生き抜くことが出来た。しかし、彼等の原点には、かって党と党を支持する反体制の論理があったはずだ。この論理をその後どう自分の中で整理して、今の幸せな椅子を確保したのか。これは本書の最も大切なテーマであり、読者が強く求める関心事である。

しかし、そういう自分も、この春、定年後始めて開いた大学同窓会と題して綴った短文には、こうした視点は何処にもなく、ただひとつ、生きた、良かった、やれやれの一言に過ぎなかったではないか。難しい。青春の屈折を描き出していくことは。それにしても、この330ページの大作、熱中して読んだ。久しぶりに、読み応えある1冊だった。この一週間、思いは北大恵迪寮の青春に向けてであった。

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