定年後の読書ノートより
フェルメールの世界、小林頼子著、NHKブックス
この本の書き出しが面白い。すごく抽象的なフェメール論が突然登場。おぉっおっと驚く。すかさず著者は言う。「こうした思弁的な絵画論ではフェメールの真髄深く迫れない」。そうだと思う。よく見ている。ここから小林氏の綿密なフェメール論が始る。

まず1660年のネーデルランドとハプスブルク家、カトリックとプロテスタントの抗争、フランス、イギリス、スペインの間で、急速に資力を蓄積していったオランダ、デルフトの街の歴史等々がダイナミックに説明があり、やがてフェルメールがどんな出自でどんな家に住んでいたか、見事に明らかにされていく。話がダイナミックで、しかも筋は明確に通っている。

いよいよ作品に入っていく。風俗画第1作「取り持ちの女」。このタペストリーに注目。近景をどう書くか。同じタペストリーを「眠る女」「真珠の首飾り」でも見る。遠近法=透視画法がフェルメールの空間描写を確かなものにし、さらに透視画法では描き切れない世界があることを見つめながら、テーブルの大きさを異常に変形した「牛乳を注ぐ女」。著者小林頼子氏の綿密な絵画解析の論法に驚き、感動しながら読み進む。繊細な、華麗な、しかし確実に対象の本質を明確に把握し、不要なものを切り捨て、本質を絵画として結晶化していくフェルメールの世界。

主題を大切にするレンブラントの影響を大きく受けながら、遠近法の硬さから抜けだそうとした「青衣の女」、写実の世界を大切にしながらも、更に対象の中にある本質的なものに迫ろうとしていたフェルメールの世界、これを小林頼子氏はしっかりとした話の筋で、実に綿密に読者をフェルメールの世界に案内してくれる。

最後にナチス、ゲーリングが掴まされた「エマオのキリスト」は、オランダファン・メヘーレンの贋作であったというエピソードから、真作、贋作にまつわる美術界大御所の動向と裏世界、これもまた面白い。

日本とオランダは数多くの点で類似点があるといわれている。そんな親近感が自然に沸いてくるヨーロッパの小国オランダの、17世紀風俗画家フェルメール。大阪天王寺美術館でみた、一人の少女のあどけない美しさ「真珠の首飾りの少女」別名「青いターバンの女」の唇の両端に光った小さな光の点、フェルメールの静かな、しかし確かな美の世界はそこにある、そう確信がもてるこの1冊の本である。

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