定年後の読書ノートより
スターリン体験、高杉一郎著、岩波書店同時代ライブラリー
この本が発行された直後、ベルリンの壁は崩壊した。著者は当時82歳、その生涯をスターリン主義との対決、政治的理想主義放棄への道と位置づけられた氏の目からみて、ソ連崩壊にどんな感動をもっておられたのだろうか。氏は戦中、雑誌改造の編集者として、また進歩的エスペランティストとして、閉ざされた戦時体制のなか、職業上わずかにのぞける海外文献より、必死に世界の動きを感じとっておられた。1930年スターリンは「民族文化と国際文化」と題し、人類未来の遠い将来に共通言語を予想する国際主義を唱えた素晴らしい演説を展開し著者は感動する。しかし一方エスペラント雑誌「異端者文庫」に書かれたランティの「マルクス主義とは全く縁もゆかりもないスターリニズム」との評論は赤い帝国主義、独裁国家ソ連を糾弾する。この二つの論文の間には、あまりにも大きな格差がある。自分はこれをどう把握したら良いのか著者は悩む。しかし、やがてスペイン戦争で隠されたスターリンの革命参加者の処刑、ジイド「ソビエット紀行」に書かれた画一主義または順応主義はソ連の恥部なのか真実の姿なのか、トロッキーを追い落とすスターリンの執拗な動きから矢張りソ連はスターリン独裁国家ではないかとの懐疑、ロマン・ローランとヘルマン・ヘッセの書簡に見るスターリン粛清の嵐(ここにアルフレッド・アドラーの娘、ヴァリー・アドラーが粛清の犠牲者であったことを知った)、これらの動きから氏は独裁者としてのスターリンをつかみ出していく。そして昭和19年満州応召、敗戦、ソ連抑留、通訳、身近に知るソ連人から受けるスターリン圧政の一端、傲慢な政治局員、そこに身をもって知るスターリン主義の国家支配。

自分達をこれほどまでに苦しめ、追いつめたのも、第2次世界大戦を復讐主義としてとらえたスターリンの日本戦略の一端ではなかったか。著者のスターリンへの怒りは心頭に達す。

復員、ソ連に屈従する政治家達、その犠牲となった母校後輩通訳管李治氏。かって読んだスターリンの論文は国際主義とは真っ赤な嘘、多くのエスペランティストの命を奪い、スターリン流帝国主義言語政策であったと今になって、やっと判ってきた著者。

最後に著者は、「カチンの森」の記憶を、今こそ徹底的に暴露していくことこそ、浄化と再生への道であると結んでいる。

ものすごい奥の深い、抑留記である。作者高杉一郎氏がもしまだ生きておられたらもう93歳になられる。ソ連崩壊の衝撃を是非お聞きしたいと思う。

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